1.ニューロンの構造

ニューロン(神経細胞)とは、脳や神経系を構成し、情報を処理・伝達する役割を持つ細胞である。主に以下の3つの部分で構成されている。

  • 細胞体 ニューロンの本体部分にあたる。細胞の生命活動を維持するとともにほかの細胞から受け取った情報を統合・処理する役割を持っている。

  • 樹状突起 細胞体から木の枝のように無数に伸びている短い突起。他のニューロンから送られてくる信号を受け取るアンテナの役割を持っている。

  • 軸索 細胞体から長く1本だけ伸びている突起。細胞体で処理された電気信号を、別のニューロンや筋肉などへ送る役割を持っている。

脳内の細胞体から発せられた信号は索軸を通り、他のニューロンの樹状突起へと送られる。他のニューロンに信号が送られる接点となる部分を シナプス(シナプス結合部位) という。

発火と抑制

発火

発火とは、ニューロンがほかのニューロンに電気信号を発することである。この発火は、多数の興奮性・抑制性入力を受け、それらの影響によって膜電位が変化し、軸索起始部付近で閾値に達すると活動電位が発生する。平たく言うと、他の電気信号から受け取る電気信号の合計値が閾値を上回ったときにのみ起こる。

抑制

抑制とは、ニューロンの発火を抑止する働きのことである。ニューロン同士をつなぐシナプスが抑制性シナプスであればそこを通った信号を受け取ったニューロンは抑制される。

2.神経ネットワークから論理回路へ

論理回路のパーツ

脳内で起こる一連の電気信号の流れを模倣することで、論理回路のような離散的なネットワークを作ることが可能である。詳しくは形式ニューロンの文献を参照してほしい。論理回路をニューロン構造のように表す場合、以下のような四つの基本的なパーツを設定する。

図の円はニューロンを表し、円同士を結ぶ線を通って左から右へ信号が伝わる。円の上に番号が振られており、以下では「1」と書かれているニューロンをc1c_1のように呼ぶことにする。末端が黒丸 (●) の線は興奮性シナプスであり、末端が白丸(〇)の線は抑制性シナプスである。円の下には閾値が振られており、発火するかどうかは以下の式によってわかる。

φ=(直前で発火したニューロンからきた黒丸の数)(直前で発火したニューロンからきた白丸の数)\varphi = (直前で発火したニューロンからきた黒丸の数) - (直前で発火したニューロンからきた白丸の数)

に対して

{発火する(φθi)発火しない(φ<θi)\begin{cases} 発火する & (\varphi \ge \theta_i) \\ 発火しない & (\varphi < \theta_i) \end {cases} θi:ニューロンciにおける閾値)(\theta_i:ニューロンciにおける閾値)

(a) 時間遅延

もっとも単純な構造であり、時間ステップ(信号がシナプスを通ることによる遅延)を1かけてc1c_1が信号を送りc2c_2が閾値を満たし発火する。 図a

(b) OR

c1c_1, c2c_2の両方が発火しない場合にはc3c_3が発火することはないが、c1c_1, c2c_2のどちらか一方もしくは両方が発火した場合には1ステップ後にc3c_3が閾値を満たし発火する。 図b

(c) AND

c1c_1, c2c_2の両方が発火した場合にのみ、c3c_3の閾値が満たされ発火する。

図c

(d) OR AND

c1c_1は発火しc2c_2は発火しない場合にのみ、c3c_3は閾値を満たし発火する。抑制性シナプスが次のニューロンの発火を抑制する働きがあるという性質は、先に述べた閾値の計算において白丸の数だけマイナスすることでうまく言い換えられている。

図d

3.脳の処理プロセス

上で紹介したANDとORによる思考にはどのような特性があるのかを考えてみた。

AND的処理

AND的処理は情報表現を狭める操作である。

①条件を絞る

リンゴを五感で認識するときに、ANDは条件を絞る働きがある。

例)リンゴ

(丸い)AND(赤い)AND(硬い)AND...ならば(リンゴ) というように条件によってそれがリンゴであることを認識する。

②正確に記憶する

何か記憶する際、その認識の条件が厳しいほど正確に記憶することができる。

例)目的地までの経路の記憶

(駅から見えるコンビニ)AND(その先の郵便局)AND(そこの角を曲がった先をまっすぐ)ならば(家に着く)

のように、目的地までの道を覚えるとき、どこに何の施設があるのかという条件を厳しくすることで迷うことなく向かうことができる。

③細かい部分に注目する

ANDによる条件を厳しくすることで細かい部分についてより具体的に複雑化して考えることができる。これにより視野が狭くなってしまうこともある。

例)問題の原因分析

会社で入力ミスが頻発しているとき、

(数字を打ち間違えた)AND(確認不足だった)AND(忙しかった)ならば(今回のミスが起きた)

のように個々のミスの原因を詳しく分析することはできる。しかし、それぞれのミスを個別に考えすぎると、そもそも手入力に依存した業務システムになっているという複数のミスに共通する大元の原因に気づかないことがある。

OR的処理

OR的処理は情報表現を広げる操作である。

①抽象化する

具体的な物や概念の共通する部分を見つけ抽象概念として認識する。

例)民族の分類 (イタリア人)OR(スペイン人)OR(フランス人)OR(ポルトガル人)OR...ならば(ラテン民族)

②記憶や認識が曖昧になる

例)赤ちゃんの識別能力 (トミカの車)OR(お父さんの車)ならば(車)

この時はまだ車という曖昧な概念でしか認識できず、トミカの車にまたがって運転しようとすることがあるが、成長するにつれてトミカの車とお父さんの車は別物であることを理解する。

③細かい部分には注目しない

抽象化すること・記憶や認識が曖昧になることは、つまり、細かい具体的な物事を考えたり認識したりせず、単純化することになる。これにより論理が飛躍してしまうことがある。 例)主語が大きい

(刺青が入ったAさん)OR(刺青が入ったBさん)OR...ならば(犯罪に手を出す悪い人)

の時、同時に

(刺青が入ったAさん)OR(刺青が入ったBさん)OR...ならば(刺青が入った人)

であるため、

(刺青が入った人)ならば(犯罪に手を出す悪い人)

と考えてしまう。

4.人間の左脳と右脳

人間の脳は大まかに左脳と右脳に分裂しており、左脳は言語処理、計算、論理的思考などを、右脳は視空間処理、形の認識、音楽や芸術の感性、直観的思考などを担っている。

脳科学の研究により、左脳は細部・局所的な処理、右脳は全体的・大局的な処理に相対的な優位性がある。これは、情報をどのくらいのスケールで扱うかの違いである。

上で述べたAND的処理とOR的処理はそれぞれ左脳と右脳の情報処理の仕方と似ている部分がある。AND的処理とOR的処理は得られた情報をどのように条件として加工するかの違いと言える。

また、左脳と右脳はそれぞれ逐次・直列処理と同時・並列処理をすると捉えられるような振る舞いをする。直列処理と並列処理は、得られた情報をどのように計算するかの違いと言える。

【注意】右脳と左脳で完全に働きが分かれているのではなく、左脳と右脳のこれらの役割の違いは相対的であり、どちらも同じような働きをする場合があるがその中で偏りがあるということである。

5.ドーパミンの働き

・ドーパミン

脳内で分泌される神経伝達物質の一つで、行動や価値判断を学習する過程に重要な役割を持つ。行動選択や動機づけにも関係している。

ドーパミン

画像 https://azamidental.com/azamidental-prevention-program/related-items/how-to-deal-with-tension/dopamine/

6.ショート動画の中毒性

私たちがショート動画を見始めるとには、長時間見ようとしているわけではない。しかし、気が付けば数時間経っていたという経験をした人は多いと思う。ショート動画を見た人の脳で何が起こるかを、先ほど述べたAND的処理・OR的処理や直列処理・並列処理を交えて説明する。

報酬としてのショート動画

人間にとって価値のある情報は、食べ物のおいしそうな匂いや銀行残高、ゴシップなどさまざまである。もちろん、どの情報が価値があるかは人それぞれであり時間を経て変化していく。報酬を求め行動し、その報酬により次の行動が決まる。特に、人間や霊長類は、生き延びるための報酬だけでなく、有名人の不倫報道や起業家の成功の秘訣などのような、自分に直接関係しない情報であっても報酬として扱うことが研究で分かっている。 また、人間は、ある情報や行動をもう一度求めるように脳を変化させる状態を「面白い」「気持ちいい」「美味しい」などの感覚として感じることができる。例えば、食べ物を摂取したときに美味しいと感じることができる個体はまた食べ物を摂取し、そのような個体が長い歴史の中で生き延びることができた。 以上のことから、ショート動画コンテンツであったとしてもそこで得られる情報は報酬として振る舞う。

ドーパミンの作用

ショート動画を見ているとき、脳内では報酬に応じてドーパミンが放出され続けている。私達が予想していた報酬よりも実際の報酬が上回ったときにドーパミンが大量に放出され、下回ったときにはあまり放出されない。ここで放出されたドーパミンは、直前に活動していたシナプスのつながり方や強さを更新する。つまり、認識したものに対して予想した報酬と実際の報酬のギャップを埋める。これにより、次回同じ状態になったときに報酬を正しく予想できる。

ショート動画の中毒性のメカニズム

ショート動画の中毒性は、ショート動画アプリに組み込まれているアルゴリズムによって促される。ユーザーが最初、例えば”衝撃OR面白いOR癒しOR...”を満たしたらドーパミンが出る、つまりより正しく報酬を予想できるようになる状態とする。アルゴリズムは、ユーザーの関心を推定して表示する動画のジャンルを調整していき、ユーザーが期待するジャンルは”衝撃的AND面白いAND展開が速いAND...”のように条件が厳しいものに変化していく。しかし徐々にドーパミンの放出が弱まっていく、つまり予想した報酬よりも実際の報酬が上振れない状態になる。アプリのアルゴリズムは動画の視聴時間などからユーザーがコンテンツに飽きてきたのを察知するようにして表示する動画のジャンルを調節する。この操作によりユーザーには再び予想と実際とのギャップが生じドーパミンが放出する。

したがって、ショート動画の中毒性は、人間がより良い報酬をより高い精度で予想できるように学習していく働きと、アルゴリズムが人間の興味を推定して表示する動画を絶えず調整する働きがかみ合うことで起こる。

思考力・集中力の低下

ショート動画は無料で短い時間の間に感動したり感心したりと予想をいい意味で裏切られるコンテンツを取り入れることができるため、短期的には非常にコスパがよい。コンテンツの質・量は、ショート動画が流行り出した時期に比べてかなり向上している。それに伴い、私たちが期待する動画の特徴の条件も厳しくなり、短時間で予想を超える動画を期待するようになってしまう。その結果、勉強しながら思考したり、試行錯誤しながら仕事に集中するモチベーションが湧きにくくなる。言い換えると、思考の癖として直列処理よりも並列処理が優位になる。短時間で取り込まれたコンテンツは、直列処理的に思考することなく並列処理的・直観的に処理され次の動画に進む。これを繰り返すことでシナプスの結合の仕方が並列処理的に更新されるというのが私の仮説だが、この発想はLLMの精度向上を目指すうえで重要であると考える。

7.LLMの技術

脳では再帰的・反復的な信号伝達が広く見られ、一つの入力情報を複数回にわたって更新・再思考できる。一方、従来型のニューラルネットワークは、一回の入力に対する計算の深さ(層の数)があらかじめ固定されていることが多かった。この違いは、人間が一つの問題について何度も考え直せることからもう頷ける。この問題を克服するために考えられた技術としてChain-of-Thought(CoT)がある。これはNNの出力を入力としてNNを連結させるようにし、実質的な層の数を増やすことで、逐次的な思考が可能になる。これにより、LLMは数学などの深い思考を必要とする分野に強くなった。

8.補足・注意

当記事の後半部分は科学的裏付けや客観性に乏しく大胆な説明になっているため、一つの発想として捉えてもらいたい。

AND的処理・OR的処理や直列処理・並列処理は、あくまで著者が考えた概念であり、科学的な裏付けがあるわけではないが一つの考え方として捉えてほしい。ただし、ショート動画のアルゴリズムがどのように動画を表示しているかは、TikTok公式のサイトにも実際に載っており、それを参照した。

ショート動画の視聴による影響についての研究について少し紹介すると、2025年の実験研究では、30分の短尺動画視聴後、次に何をすべきかを前もって準備する能力が低下し、刺激が来てから反応する反応的制御に相対的に偏る可能性が示された。また、2024年のEEG研究でも、短尺動画への依存傾向が高いほど前頭部の実行制御に関連する指標や自己統制が低いという関連が報告されている。

記事の前半では論理回路からAND的処理・OR的処理を導入したが、脳においてはシナプス、ニューラルネットワークにおいては重みという連続値により情報がどの程度伝わるかが調整されているため、AND的・OR的という概念をそのまま二項対立的に扱うのは難しいが、重みの組み合わせによっては性質としてAND的・OR的と言える部分があるためNNにおいてもその概念を導入することにした。